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茶経

1 :名無しさん@お腹いっぱい。:04/02/21 19:14 ID:FCEc0FnE

 一碗の茶によって養われる精神もある。

 さあ、語れ。

2 :名無しさん@お腹いっぱい。:04/02/21 19:35 ID:FCEc0FnE
茶は芸術品であるから、その最も気高い味を出すには
名人を要す、とかの岡倉天心伯も述べておられるが。

3 :名無しさん@お腹いっぱい。:04/02/21 19:35 ID:???
2げと

4 :名無しさん@お腹いっぱい。:04/02/21 19:40 ID:FCEc0FnE
>3 「自性了解」の悟りの境に至らねば
   2げとはならぬ、とも申されておる。

5 :名無しさん@お腹いっぱい。:04/02/21 19:52 ID:FCEc0FnE
 ID:FCEc0FnEを並べ替えて、C0FFEEcn

 まだまだ精進が足りませんな。

6 :名無しさん@お腹いっぱい。:04/02/21 21:06 ID:???
>>FCEc0FnE

何気に凄いIDだな。
ところで、このスレは茶経――「茶に関する最古の書。三巻。唐の陸羽の撰。
団茶の歴史や製法・器具などについて述べる。」(大辞林)――について語るス
レということなのかな? >>1 は陸羽スキーなのか?


7 :名無しさん@お腹いっぱい。:04/02/21 21:15 ID:FCEc0FnE
千家流茶道の開祖千利休は、秀吉の命により、
天正19年(1591)2月28日に自害した。
その1ヶ月遅れを命日としており、表千家は
3月27日を、裏千家は3月28日を利休忌
として追善茶会を行っている。

8 :名無しさん@お腹いっぱい。:04/02/21 21:22 ID:FCEc0FnE
>6
「一碗の茶の湯の中にだって宇宙はあるサ」

ということを申し上げたい次第です。
珈琲、紅茶、日本茶の種類に関わった話
ではありません。ましてや茶器や作法の
話を論じるつもりもございません。
  

9 :名無しさん@お腹いっぱい。:04/02/21 21:41 ID:FCEc0FnE

陸羽スキーの意味がよく判りませんが、
陸羽スキーでもイゴール・イワノビッチ・シコルスキー
でもありません。

ただ世界最古の茶書として、中国唐代末
の文人、陸羽が「茶経」(760) 全3巻を
飲茶全般にわたる百科全書として表して
いることは知っております。

10 :名無しさん@お腹いっぱい。:04/02/21 22:11 ID:???
烏龍聞茶で初めてその存在を知る

11 :名無しさん@お腹いっぱい。:04/02/21 22:12 ID:FCEc0FnE
こんな話がある。紅茶好きな英国紳士の爺さんと
若者の禅問答のような話である。

ちょうど茶の時間、老人の家の庭先のテラスだ。
茶に誘われた若者が、蒸気の噴き上がるポット
をコンロからおろし、紅茶に湯を注ごうとする
と老人が言う。

「まだだよ」と。


12 :名無しさん@お腹いっぱい。:04/02/21 22:14 ID:FCEc0FnE
爺「お湯は沸騰させて、自分の体温の二倍になるまでさますのだ。
  それからはじめて紅茶に注ぐ。何回か教えなかったかな?」

すると若者はポットを持ったまま、
若「何分ぐらい待つんですか?」

爺「それは日によって違う」

若「じゃあ、どうやってお湯が手ごろな温度になったかを知りゃあ
  いいんですか?」

爺「だから、自分の体温の二倍だよ」

若「それをどうやって調べるか判らないんですよ」

爺「君は自分の体温がどのくらいかも判らんのかね?」

   (マイク・ハマーへの伝言 矢作俊彦著 光文社文庫)


手強い爺さんには油断しちゃダメだぞという話である。


13 :名無しさん@お腹いっぱい。:04/02/21 22:16 ID:FCEc0FnE
手強い爺さんにヤり込められる前に、
自分の体温はしっかり確かめとこう。
隣りのお姉さんだってしっかり自分
の基礎体温を計っているのだから。



14 :名無しさん@お腹いっぱい。:04/02/21 22:38 ID:FCEc0FnE
>>10
中国茶
http://www.huang-inn.com/
茶経と陸羽
http://www.huang-inn.com/cha-kyou/cyakyou.html
香港の陸羽茶屋
http://gnavi.joy.ne.jp/hongkong/jp/c000418s.htm

15 :名無しさん@お腹いっぱい。:04/02/21 22:44 ID:FCEc0FnE

 「形式」に囚われると茶を楽しむことができない。

 しかし形式美が精神を愉しませてくれる茶もある。



16 :名無しさん@お腹いっぱい。:04/02/21 22:53 ID:FCEc0FnE
手摘みの高価な茶葉を譲ってもらったとしよう。

僅かではあるが、その値打ちに相応しい器に分け
袱紗に恭しく包まれたものを受け取るのと、
コンビニのレジ袋に造作なく分け与えられるのと
では、淹れた茶の味も変わってくるというものだ。


17 :名無しさん@お腹いっぱい。:04/02/21 22:56 ID:FCEc0FnE
アメリカである実験が行われた例がある。
コーヒーの味に関するもので、
いわゆるマーケティングリサーチである。

18 :名無しさん@お腹いっぱい。:04/02/21 23:01 ID:FCEc0FnE
5つの色の違う缶が並べられている。
黄、黒、茶、赤、青。それぞれにコーヒーが
はいっていて、被験者はそれらを飲み比べた
感想を、アンケートとして答える。

19 :名無しさん@お腹いっぱい。:04/02/21 23:05 ID:FCEc0FnE
5つの缶の中身は同じコーヒーであるにも関わらず、
多くの被験者がまんまと罠にかかった。
黄色はまろやか、黒は苦味、茶は酸味、赤はコクが、
という具合にである。視覚、色彩の魔術である。

20 :GBcafe:04/02/21 23:31 ID:???
晒しておく。IDが変わるのは残念だ。

21 :GBcafe:04/02/21 23:40 ID:???
色彩や見た目で味が変わるというような話は
枚挙にイトマがない。
五感でいうと、視覚の次が嗅覚、そして触覚、
つまり口にするモノの温度が味覚をかえる。

マ○ドナルドのようなクソ不味いものでも、
徹底した温度管理により、一番マシに食える
状態が研究されているのだから。
近田春夫さんも楽曲。(ミッキーD)の中で
「冷たくなったらマズくて食えない」と
歌っておられる。

22 :GBcafe:04/02/21 23:43 ID:FCEc0FnE
茶の話でした。 加藤茶、ヘンな名前。

23 :GBcafe:04/02/21 23:48 ID:FCEc0FnE
香り命のフレーバーティーの類も
実際、鼻を摘まんで飲むと味はわからないものである。

それでも、昔から多くの人間を魅了してきた不思議な
飲み物。それが「茶」である。

24 :GBcafe:04/02/21 23:53 ID:???
かつて中国においては茶の道楽がたたって、
散財した男の話があるという。
住居はおろか身包み剥がされても最後まで
風呂敷に包んだ茶道具一式だけは手放さな
かったという話だそうだ。

そうまでして人間を魅了する「茶」の秘密、
それはカフェインにある。

25 :GBcafe:04/02/22 00:18 ID:???
ヨーロッパにおける茶について最も古い記事は、
アラビアの旅行者の物語にあると言われていて、
879年以後、広東における主要なる歳入の財源
は塩と茶の税であったと述べてある。

(茶の本・岡倉覚三著・村岡博訳/岩波文庫)

26 :GBcafe:04/02/22 00:46 ID:???
マルコポーロは、シナの市舶司が茶税を勝手に増やしたために、
1285年免職になったことを記録している。ヨーロッパ人が、
極東についていっそう多く知り始めたのは、実に大発見時代の
ころである。16世紀の終わりにオランダ人は、東洋において
潅木の葉からさわやかな飲料が造られることを報じた。(略)
1610年に、オランダ東インド会社の船がヨーロッパに初め
て茶を輸入した。1636年にはフランスに伝わり、1638
年にはロシアまで達した。英国は1650年のこれを喜び迎え
「かの卓絶せる、かつすべての医者の推奨するシナ飲料、シナ
人はこれをチャと呼び、他国民はテイまたはティーと呼ぶ。」
と言っていた。
(上記・「茶の本」より)  美本なり、買って嫁

27 :GBcafe:04/02/22 00:55 ID:???
茶の味には微妙な魅力があって、人はこれに引きつけられない
わけにはゆかない、またこれを理想化するようになる。西洋人
の茶人たちは、茶のかおりとかれらの思想の芳香を混ずるに鈍
ではなかった。茶には酒のような傲慢なところがない。コーヒ
ーのような自覚もなければ、またココアのような無邪気もない。

28 :GBcafe:04/02/22 01:02 ID:???
「ひそかに善を行って偶然にこれ(茶)が現れることが
 何よりの愉快である。」(チャールズ・ラム)

 茶道は美を見いださんがために美を隠す術であり、
 現わすことをはばかるようなものをほのめかす術
 である、と喝破して見せるのである。

29 :GBcafe:04/02/22 02:29 ID:???
日本には729年、聖武天皇奈良の御殿において百僧に
茶を賜ると書物にある。茶の葉はたぶん遣唐使によって
輸入せられ、当時流行の淹れ方でたてられたものだろう。

30 :GBcafe:04/02/22 02:33 ID:???
801年には僧最澄、茶の種を携え帰って叡山にこれを植えた。
その後、年を経るにしたがって貴族僧侶の愛好飲料となったの
はいうまでもなく、茶園もたくさんできたということである。

31 :GBcafe:04/02/22 02:40 ID:???
宋の茶は1191年、南方の禅を研究するために渡っていた
栄西禅師の帰国とともに日本に伝わってきた。彼の持ち帰っ
た新種は首尾よく三か所に植え付けられ、その一か所が京都
に近い宇治で、今なお世にも稀なる銘茶産地の名をとどめる。

32 :GBcafe:04/02/22 02:43 ID:???
南宋の禅は驚くべき迅速をもって伝播し、これとともに
宋の茶の儀式および茶の理想も広まっていった。

33 :GBcafe:04/02/22 02:46 ID:???
15世紀のころには、将軍足利義政の奨励するところとなり、
茶の湯はまったく確立して、独立した世俗のことになった。

34 :GBcafe:04/02/22 02:54 ID:???
それ以来、茶道は日本にまったく動かすべからざるものとなる。

後世の中国の煎茶は、17世紀中葉から日本に知られたばかり
であるから、比較的最近に使用しはじめたものである。日常の
使用には煎茶が粉茶に取って代わるに至った。
とは言っても、粉茶は今なお茶の中の茶としての地位を占めて
いるが。

35 :GBcafe:04/02/22 03:03 ID:???
日本の茶の湯においてこそ、はじめて茶の理想の極点を見ることが
できるのである。
茶はわれわれにあっては飲む形式の理想化より以上のものとなった。
今や茶は、生の術に関する宗教である。茶は純粋と都雅を崇拝する
こと、すなわち主客協力して、このおりにこの浮世の姿から無上の
幸福を作り出す、神聖な儀式を行なう口実となった。

36 :GBcafe:04/02/22 08:06 ID:???
茶室は寂寞たる人生の荒野における沃地であった。疲れた旅人は
ここに会して芸術鑑賞という共同の泉から、渇きをいやすことが
できた。
茶の湯は、茶、花卉、絵画等を主題に仕組まれた即興劇であった。
茶室の調子を破る一点の色もなく、物のリズムをそこなうそよと
の音もなく、調和を乱す一指の動きもなく、四囲の統一をやぶる
一言も発せず、すべての行動を単純に自然に行なう。

37 :GBcafe:04/02/22 08:12 ID:???
――― こういうのがすなわち茶の湯の目的であった。 そして
いかにも不思議なことには、それがしばしば成功したのである。

そのすべての背後には微妙な哲理が潜んでいた。
茶道(茶)は道教(禅)の仮の姿であった。

38 :名無しさん@お腹いっぱい。:04/02/22 08:54 ID:???

        ζ
     / ̄ ̄ ̄ ̄\
    /   ⌒   ⌒\
   /    ・    ・ |
   |(6     つ    |
   |    三 | 三   |  / ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄
   |    \_|_/  | <   まー、イップクしろや
    \    \__/  /   \__________
   / \ ___/\
  │ ∴∵━━○━∴│      ____
───────────── /∵∴∵∴\────
                    /∵∴/∴∵\\
     _。_    旦~       /∵∴< >∴∴.< > |
   c(_ア            |∵∵∵/ ●\∵. |
                  |∵∵ /     |  |
                  |∵∵|       |  |
                   \∵|       |/
                    \|


39 :GBcafe ◆gbYh5vCaFE :04/02/22 09:28 ID:???

  ∧__,,∧         彡彡彡
 (´・д・`) お茶、   (@ー@o;)
 (つ旦と) どーぞ   (⊃旦⊂ )
 と_)_)        (_(_つ


40 :GBcafe ◆gbYh5vCaFE :04/02/22 11:18 ID:???
昔、アラブの偉いお坊さんをも魅了したといわれる褐色の飲料
コーヒーについて・・・

41 :GBcafe ◆gbYh5vCaFE :04/02/22 12:16 ID:???
「コーヒーの日」というものがある。専門の暦を捲れば
「○○の日」の冠のつかない日を探すほうが難しい。
 関連団体と広告代理店による大掛かりなイベントが
 催される場合もある。これらは経済の問題である。

「コーヒーの日」は10月1日。国際コーヒー協定に
よって、コーヒーの新年度が始まるのが10月1日。
それに由来するこの日が、コーヒーの新しい年の始め
になるというのが由緒らしい。
秋も深まりコーヒーが旨く飲める季節に調度よい。

42 :GBcafe ◆gbYh5vCaFE :04/02/22 12:29 ID:???
コーヒーがエチオピアからアラビア半島に伝えられたのが10
〜11世紀の初めといわれている。1258年、アラビア人の
オマールがイエメンの山中でコーヒー豆を発見する。
その後アラビアでコーヒー豆を煎る器具が作られるようになり、
1454年にはイスラム聖職者ゲマルディンにより、コーヒー
が民衆に知られるようになる。

43 :GBcafe ◆gbYh5vCaFE :04/02/22 12:36 ID:???
1600年には、しだいにヨーロッパにも知られるようになり、
アラビア人によりインドの西海岸にコーヒーの木が伝えられた。

1640年、オランダの商人がイエメンのモカ港からコーヒー
をヨーロッパで初めて輸入。1668年に北米に伝えられた。

44 :GBcafe ◆gbYh5vCaFE :04/02/22 12:49 ID:???
1600年には、しだいにヨーロッパにも知られるようになり、
アラビア人によりインドの西海岸にコーヒーの木が伝えられた。

1640年、オランダの商人がイエメンのモカ港からコーヒー
をヨーロッパで初めて輸入。1668年に北米に伝えられた。

1685年にはフランスでカフェオレが普及するようになった。

45 :GBcafe ◆gbYh5vCaFE :04/02/22 12:57 ID:???
>43 → >44 カブった(;汗

1727年、ブラジルにコーヒーの実のついた枝が持ち込まれ、
現在コーヒー伝来の記念の年とされるようになる。
1732年、J・B・バッハ「コーヒーカンタータ」を発表。

46 :GBcafe ◆gbYh5vCaFE :04/02/22 13:08 ID:???
1901年、日本人科学者によってインスタントコーヒーが発明される。

1903年、アメリカでコーヒーの焙煎技術・焙煎機械などの特許が
盛んにとられるようになる。以降、様々な技術による特許合戦が展開。

1906年、アメリカ人化学者が、コーヒーの濃縮液を真空乾燥する
方法(フリ−ズドライ)を開発。

1922年、コーヒーに関する専門書「オール・アバウト・コーヒー」が
ウイリアム・H・ユーカーズによって著された。

47 :名無しさん@お腹いっぱい。:04/02/22 13:12 ID:nrz1J0x/
>30
空海は この後ですか? 前ですか? 弘法大師に興味があるのでお聞きしました。


48 :GBcafe ◆gbYh5vCaFE :04/02/22 13:25 ID:???
日本にコーヒーが伝わったのは、1609年(慶長14)平戸に
オランダ商人が和蘭商館を開設し、貿易が開始したときとされて
いる。千利休が茶道を確立した後で、すでに徳川の時代であった。
200年に渡る鎖国の前夜である。

49 :GBcafe ◆gbYh5vCaFE :04/02/22 13:53 ID:???
>>30
空海 COOKAI。四国八十八箇所を巡ったあと、高野山の
金剛峰寺を参ったことがあります。
平安遷都の時代に、皇室や貴族に教養や信仰としてもてはやされ
た密教を持ち帰った高僧で、当時最高のインテリジェンスです。

最澄とは同じ時代に遣唐使として入唐し、専ら密教を学び、
ものの本によりますと805年に最澄が天台宗を、806年に
空海が真言宗を開いています。空海の真言宗は東密と呼ばれ、
対する天台宗は台密と呼ばれました。

当時のトレンドでもあった、現世的欲望(現世利益)をはかる
仏教として、加持祈祷を重んじる密教が持て囃されたようです。


50 :GBcafe ◆gbYh5vCaFE :04/02/22 14:05 ID:???
失礼、>47 >49 です。

日本の歴史とコーヒーの関わりの続きを。

1724年、洋書輸入の禁緩和を受けてオランダ文化に注目が集まる。
オランダ人による西洋のテーブルマナーの講義をまとめた「和蘭問答」
の中に、コーヒーと思われる記述が記載される。

1804年(文化1)ロシア使節レザノフが長崎に来航し、通商を
要求した年である。日本人として初めてコーヒーを飲んだ体験を書いた
太田蜀山人は「コーヒーは焦げ臭くて味わうにたえない」と書いている。

51 :GBcafe ◆gbYh5vCaFE :04/02/22 14:16 ID:???
1826年(文政9)オランダ商館のドイツ人医師シーボルトが
「コーヒーは長寿をもたらす良薬である。」と、『薬品応手録』
の中でコーヒーをすすめた。

2年後、長崎でシーボルト事件(持ち出し禁止の日本地図を帰国
の際に持ち帰ろうとした)のため、国外追放となるが、帰国後、
『Nippon』などを著し、当時の日本研究の第一人者となる。


52 :GBcafe ◆gbYh5vCaFE :04/02/22 14:22 ID:???
>51
文政のこの時代、蘭学者の緒方洪庵が大坂の北浜に私塾「適塾
(適々斎塾)」を開設し、多くの人材を育成し、のちの西洋文化
の吸収の土台が築かれた時代でもある。

53 :GBcafe ◆gbYh5vCaFE :04/02/22 14:40 ID:???
1853年(弘化3)アメリカ東インド艦隊司令長官ペリーが、
軍艦4隻を率いて浦賀に来航する。いわゆる「黒船」である。
日本の開国を強く要求し、翌1854年、強硬な条約の締結を
要求するに屈して、幕府はアメリカとの間に「日米和親条約」を
むすぶ。ここに200年以上に渡る鎖国政策は崩れ去る。

その後、日米修好通商条約、そしてオランダ、ロシア、イギリス、
フランスとも同様の条約を結んだ。(安政の五ヵ国条約)

1858年(安政5)このような流れの中で自由貿易が開始され、
コーヒーも正式に輸入されるようになった。

54 :GBcafe ◆gbYh5vCaFE :04/02/22 15:08 ID:???
1869年(明治2)横浜の邦字新聞に初めてコーヒーが広告掲載。
1878年(明治11)小笠原で初めて国産コーヒーの栽培を試みる。
4年後に収穫となるが、一般の栽培は行われなかった。
1888年(明治21)東京下谷にヨーロッパ風カフェ「可否茶館」が
開店する。しかし4年後には閉鎖。
1910年(明治43)横浜に小売と喫茶を兼ねた不二家洋菓子店開業
1911年(明治44)銀座に洋画家松山省三の「カフェ・プランタン」
同じく銀座に水野龍の「カフェ・パウリスタ」が開店。

55 :GBcafe ◆gbYh5vCaFE :04/02/22 15:09 ID:???
1912年(大正1)喫茶店「カフェ・パウリスタ」が各地に開店。
1934年(昭和9)コロンビアコーヒーの輸入始まる。
このころカフェは全国で約3万軒に達し、女給という仕事が確立した。
芦屋の茶屋之町にもカフェが立ち並び、お妾さんに店を持たせる流行が。
1936年(昭和11)ブルーマウンテン種がロンドン経由で輸入される。

56 :GBcafe ◆gbYh5vCaFE :04/02/22 15:12 ID:???
1939年(昭和14)戦時体制の強化により輸入規制。コーヒー代用品
として、タンポポの茎の汁などが用いられた。
1942年(昭和17)コーヒーの輸入が完全に途絶える。戦時中は統制
会社によりレギュラーコーヒー、インスタントコーヒーが製造され、軍
に納入された。
1949年(昭和24)連合軍放出コーヒーの払下げが行われ、各地の組
合を通じて家庭配給さた。
1950年(昭和25)8年ぶりにコーヒーの輸入が再開さる。品不足の
ために50%に上がっていた税金が、50%に引き下げられた。

57 :GBcafe ◆gbYh5vCaFE :04/02/22 15:15 ID:???
>>56 訂正
 × 品不足のために50%に上がっていた税金が、50%に引き下げられた。

 ○ 品不足のために50%に上がっていた税金が、30%に引き下げられた。

58 :GBcafe ◆gbYh5vCaFE :04/02/22 15:30 ID:???
1953年(昭和28)戦後初めてのブルーマウンテン輸入。
この年、ブラジルで大規模な霜害が起き、国際コーヒー市況が高騰した。
1956年(昭和31)インスタントコーヒーが初めて輸入許可された。
この年、国産のエスプレッソマシンが初登場した。
1960年(昭和35)コーヒー生豆の輸入が全面自由化となる。
この年、国内メーカーがインスタントコーヒーの製造を開始した。
1961年(昭和36)インスタントコーヒーの輸入が全面自由化となる。
日本インスタントコーヒー協会が発足、インスタントブームの幕開け。
1967年(昭和42)フリーズドライ製法による製品が登場。
インスタントコーヒーブームが新しい時代を迎える。

59 :GBcafe ◆gbYh5vCaFE :04/02/22 15:50 ID:???
高度成長と核家族化などのライフスタイルの変化を横軸に
コーヒー生豆の輸入や出荷量、分類などを行なうと分かり
やすいが、喫茶店の数、スタイルの変化、レギュラー・イ
ンスタント・缶コーヒーの分類など、あとコーヒー相場の
分析など面倒なので省略する。

>>27 コーヒーは何かと主張が多いのである。

60 :GBcafe ◆gbYh5vCaFE :04/02/22 16:01 ID:???
歴史を知ったからといって、美味いコーヒーが飲めるワケではない。

コーヒーの美味しい淹れ方について・・・。

61 :GBcafe ◆gbYh5vCaFE :04/02/22 16:05 ID:???
簡単に言ってしまえば、沸騰した熱い湯を使い、
あらかじめ温めておいたカップで飲むのがいい。

62 :GBcafe ◆gbYh5vCaFE :04/02/22 16:14 ID:???
コーヒー豆を手に入れなければならない。好みである。
自分はモカマタリやガテマラを好むが、通常は他人に
淹れてもらうので、よっぽどのことがなければ喧しい
ことは言わない。

コーヒー豆を選ぶとき問題となるのは、ローストと、
挽き売りの場合の粉の粗さである。

63 :GBcafe ◆gbYh5vCaFE :04/02/22 16:18 ID:???
レギュラーコーヒーの場合、淹れる器具によって豆の挽き方に
注意しなければならない。

器具による淹れ方には、
ネル・ドリップ式、ペーパー・ドリップ式、サイフォン式、
エスプレッソ式、その他がある。

64 :GBcafe ◆gbYh5vCaFE :04/02/22 16:31 ID:???
ネルドリップ式とは名前の如く、ネル(布)のこし袋を用いる。
虫取り網のような布の漉し器を見たことがあるだろう。
コーヒーを中挽きにした粉を使い、コクのある味を楽しむ。
8世紀のフランスで始められたドリップ(落し方)である。

65 :GBcafe ◆gbYh5vCaFE :04/02/22 16:41 ID:???
新品のネルの袋を使うときは、煮沸して布に付いているのりを
完全にとることだ。ネルをポットにセットし飲む分のコーヒー
の粉を入れる。湯をしみこみやすくするために、粉の真ん中に
くぼみをつけてやる。
沸騰した湯を弱火で保温(95℃)し、最初はほんの少しずつ、
蒸らすように、次にケトル(やかん)から細い線くらいに湯の
量を抑えながら円を描くように注ぐ。
湯が染み通ってしまわないうちに、少しずつ湯を注いでいく。
2〜3分間位でろ過が終わる。湯の量に注意して。

使ったネル袋は、洗剤を使わずによく水洗いし、完全に乾燥
させないよう水につけ、そのまま冷蔵庫に保管するとよい。


66 :GBcafe ◆gbYh5vCaFE :04/02/22 16:53 ID:???
ペーパーフィルターを使うペーパー・ドリップ式。自分はこれで
淹れている。よく行く美味いコーヒー店がこの方式で淹れている
からである。何より手軽で、簡単かつ清潔である。

コーヒー豆の挽き方は、中挽きまたは中細挽きの粉を使う。
コーヒードリッパーにペーパーフィルターをセットする。
あらかじめ温めておいたポットの上にドリッパーをのせ、
杯数分のコーヒーの粉を入れる。
あとはネルドリップ方式の場合と同じである。沸騰した
湯を少し落ちつかせてから、粉全体にゆきわたるように
少しずつゆっくりと注ぎ、約20秒蒸らしてやる。
コーヒーの粉が膨張したら、泡の消えないうちに1回、
または数回に分けて湯を注いでやる。
2〜3分間で漉し終わる。

使い終わったペーパーは使い終わった粉ごと捨てる。

67 :GBcafe ◆gbYh5vCaFE :04/02/22 17:12 ID:???
サイフォン式とは、フラスコ、アルコールランプ、漏斗、そして
フィルターからなる器具を用いたドリップである。
古い家なら実験道具のような一式があるのではないだろうか?

スコットランドの研究室で誕生したそうだ。フラスコの空気圧を
利用した淹れ方で、フラスコから熱湯が漏斗に立ち上るコーヒー
が出来上がるプロセスが楽しめる。

68 :GBcafe ◆gbYh5vCaFE :04/02/22 17:19 ID:???
コーヒー豆の挽き方は、細挽きまたは中細挽きの粉を使う。

フラスコに人数分の湯を入れ、アルコールランプでポコポコと
いうまで沸騰させる。
ロートにフィルターを固定させ、杯数分のコーヒーの粉を入れ
フラスコに差し込む。
フラスコから沸騰した湯がロートに上がってきたら、竹ベラか
スプーンで、1分前後軽くかきまぜる。
アルコールランプの火を消して、約30秒でフィルターで漉さ
れたコーヒーがフラスコに下りてきて出来上がり。

ロートをはずして、フラスコからコーヒーカップに分ける。

69 :GBcafe ◆gbYh5vCaFE :04/02/22 17:39 ID:???
エスプレッソ式とは、モカエキスプレス(抽出器)を用いた
煮出したコーヒーである。フレンチの食後に出てくるアレで
ある。ヨーロッパ諸国で広く飲まれており、沸騰の蒸気圧を
利用して抽出する。

コーヒー豆は極細挽きの粉を使う。モカエキスプレスなどの
抽出器を用意しなければならない。コジャレた輸入雑貨店で
購入できる。もちろんコーヒー焙煎店などでも。

抽出器の下のポットに湯を入れ、中央フィルターにコーヒー
を入れる。上のポットにしっかりと取り付けて、火にかけて
沸騰させる。蒸気の圧力で熱湯が上がり、コーヒーの入った
フィルターを素早く通過すると、濃いコーヒーが上のポット
に噴出されて、それをカップに注いで飲む。

エスプレッソ、煮出し式として様々な専用の器具が販売され
ている。トルコ式やベトナム式というのもあるようだ。
それぞれの使用方法に従って淹れる。

70 :GBcafe ◆gbYh5vCaFE :04/02/22 17:47 ID:???
ペーパーフィルターを用いた、コーヒーメーカーも
家電メーカーから各種販売されているが、コーヒー
を淹れる儀式として、つまり美味いコーヒーを飲む
ためのプロセスとして考えるとあまりにも味気ない。

71 :GBcafe ◆gbYh5vCaFE :04/02/22 18:02 ID:???
「茶気」という言葉がある。コーヒーが日本に知られるように
なる前に茶道は確立しており、その後、200年に渡って世界
から孤立していた期間、自称をする一助となって茶道の発達に
非常に好都合であった。
茶道が与える影響は、貴人の優雅な閨房にも、下賎の住処にも
行き渡っていた。
田夫は花を生けることを知り、野人も山水を愛でるに至った。

 たかが一碗の茶のためでも、準備を怠ってはいけない。


72 :GBcafe ◆gbYh5vCaFE :04/02/22 18:09 ID:???
コーヒーメーカーで淹れるコーヒーを良く言わないのには
別な理由もある。湯の温度である。これはのちに記す。

コーヒー豆の粉を挽いた粗さについてものちに記す。

出かけなければならない。


今夜、18:55からのTV番組「鉄腕!DASH!!」
で、茶の効用のような特集があるようだ。

ビデオをセットしてもらって出かけることにする。

73 :GBcafe ◆gbYh5vCaFE :04/02/22 20:48 ID:???
豆の種類は好みの問題である。自分の気に入った味を探すことだ。
あとはコーヒー豆のロースト(煎り加減)と粉の粗さ(豆の挽き
加減)だ。
コーヒー豆の挽き方は、粗挽き(荒挽き)、中挽き、中細挽き、
細挽き、極細挽きの5段階に分けられる。すでに挽いて売ってる
パックには包装したラベルに挽き方が表示されている。

74 :GBcafe ◆gbYh5vCaFE :04/02/22 21:10 ID:???
ネルドリップ式の場合は中挽き、ペーパードリップの場合は
中挽きか中細挽き、サイフォン式の場合は細挽きか中細挽き、
そしてエスプレッソ式の場合は極細挽きの粉を使う。

コーヒーの淹れ方によって豆の挽き方を選ぶ。お店で挽いて
もらうか、自宅にミル(挽き器)がある場合には自分で挽い
てみるのもよいだろう。

深炒りのコーヒーは細かく、浅炒りのコーヒーは粗く挽いて
使うのが一般的である。
また細く挽くと味は濃く、苦味が強くなり、逆に粗く挽くと
味は軽く、酸味が強くなる。


75 :GBcafe ◆gbYh5vCaFE :04/02/22 21:41 ID:???
味覚について書く。五感が如何にアテにならないかという話である。

パリから西に200kmばかりのノルマンディの海辺にカキの旨い
町があるという。カキ、牡蠣ね。oyster,フランス読みでl'huitre
それを食いに何時間もかけてその町に向かって、地元の白ワインと
一緒にカキ料理を食って、楽しんでそして家に帰る。

76 :GBcafe ◆gbYh5vCaFE :04/02/22 22:13 ID:???
そうしょっちゅう行けるワケではない。日本で言えば東京から
浜松に鰻を、信州までソバを食いに行くような話なのだから。

しかし、何回行ってもソレが旨いというのだ。 友人を連れて
行っても同じ。とにかく旨いというのである。

ある日、わざわざ行かなくても取り寄せればいいじゃないかと
思いつき、シーズンに地酒と一緒に送ってもらいみんなで食う
ことにした。直送の届いたスグを封を開けてみんなで食したが
期待していたほど美味くなかったって言うんだ。

77 :GBcafe ◆gbYh5vCaFE :04/02/22 22:19 ID:???
結局、わざわざ田舎町まで食いに行ってたから美味い
って話である。その町でしか食えない空気だってある。

また、その町にカキを食うために向かう道中で、舌も
胃袋も準備が出来ているワケである。 時間をかけて、
手間をかけて、骨を折って、無意識の中でも準備をし
ているのである。

78 :GBcafe ◆gbYh5vCaFE :04/02/22 22:55 ID:???
共通する話に思い当たりはしないだろうか? 決して美味いもの
でもないのに、そこでしか食えない個性的なものとなると記憶の
中で美味いものとして残っている。あるいはまた食べたくなる。

経験という想い出は、美しくも醜くも残すことができるのである。
そして感覚という不安定なものは、常に相対的なものなのである。

79 :GBcafe ◆gbYh5vCaFE :04/02/22 23:21 ID:???
ラーメンの話もわかりやすいだろう。わざわざ食べに行く。
今から○○のラーメンを食べに行くぞ、と決める。そして
実際に食べに行く。行列で数十分待たされる。 この間に、
注文する準備、食べる準備、感想を言う準備、友達に教え
る準備が密かに行なわれているのだ。無意識の中で。

これとは別に、その時の感情や体調、あるいは旨いものに
食べ慣れて、舌が肥えてしまうというトラップ・罠もある。

実は全く同じ味の同じモノなのに、自分には味が変わった、
味が落ちたと思える場合がある。対象に対する信頼感とか。

80 :GBcafe ◆gbYh5vCaFE :04/02/22 23:42 ID:???
知人の父親が、若い頃から毎日、新橋のある喫茶店に行って
同じコーヒーを飲んでいたという。お世辞にも理性的哲学者
に見えるようなタイプではなかったが(かなりの目利きで、
美食家ではあったが)、その彼がコーヒーの味で、その日の
コンディションを測ったというのである。

思い込みや誇張もあるだろうが、非常に興味深い話であった。
ある意味で、友人の父親は幸運にも信頼に値する対象を持ち
合わせていて、それによって極めていい加減な自分の感覚を
モノサシのように測っていたのである。

81 :GBcafe ◆gbYh5vCaFE :04/02/23 06:52 ID:???
>72 鉄腕!DASH!!のVを見た。
    面白いとは思ったが、もう少し
    掘り下げて、コーヒーとかの
    実験も見たかった。


82 :GBcafe ◆gbYh5vCaFE :04/02/25 09:40 ID:???
昨日、タマグシのオヤジさんと話をした。
アマチュアだけど筋金入りのカメラマン。

写真なんて記録に残すだけならデジカメ
で十分。デジタルだから修正もし易い。
でも、記憶を残す。写真を創るとなると
何十本使ったとしてもフィルムじゃない
と撮れない絵がある。
手間隙かけて準備して、時期が来るのを
じっと待つ。言葉では説明できない魂の
ようなものを写し込む。何十枚も撮って
たった1枚の絵でも、見る人が見れば分
かるというのだ。

83 :GBcafe ◆gbYh5vCaFE :04/02/25 09:41 ID:???
「幽玄」は自動販売機の取り出し口からは出てこない。

84 :GBcafe ◆gbYh5vCaFE :04/02/25 09:45 ID:???
自らが茶の湯を立ててこそ見えるものがある。
それに如何ほどの価値があるかということも。

85 :名無しさん@お腹いっぱい。:04/02/26 08:34 ID:???
侘びさびですね。京都の方?茶道に通じる方ですか?

86 :GBcafe ◆gbYh5vCaFE :04/02/26 13:54 ID:???
>85 そのような呼び方もあるようです。
   京都ではありませんが関西です。
   通じておりませんがそうあろうと志しております。

87 :名無しさん@お腹いっぱい。:04/02/27 01:49 ID:???
おもしろくて一気に読みました。

88 :GBcafe ◆gbYh5vCaFE :04/02/27 10:57 ID:???
>87 ありがとうございます。

まだまだ茶の話題にはネタには尽きないのですが
如何せん時間が在りません。2chというメディア
を十分に理解していないということもある。
どう表現していいのかという苦悩もある。
何より、自分自身に「知りたい」という欲がある。

人間の根源的な欲求でもあると思うのですが・・・。

89 :GBcafe ◆gbYh5vCaFE :04/02/27 10:59 ID:???
今から自分のために茶を立ててみようと思います。

90 :GBcafe ◆gbYh5vCaFE :04/02/28 09:09 ID:???
マターリと

91 :名無しさん@お腹いっぱい。:04/02/28 12:55 ID:???
>87
同意。おもしろいですよね。

GBcafeさん、茶樹に関して何かご存知のことは無いですか?

92 :GBcafe:04/02/28 13:17 ID:???
>91 ありがとうございます。

中国の福建にカンプラカン(漢武羅漢?)という銘茶の木があるそうです。
宇治どころか、ワインで例えると「ロマネ・コンティ」に価するほどの
値打ちがあるそうで、茶種としてはウーロン茶?らしいです。
もちろん中国は広いですから本土の人にもあまり知られていないようですが、
ここ10年ほど、機会があるたびに探しています。死ぬまでに一度飲んでみたいと。

93 :GBcafe:04/02/28 18:12 ID:???
いきさつはどうあれ茶の葉の香りとタンニンに気付き、葉を乾燥させたモノから湯で抽出したものを飲用とするようになった
人類の英知とでも言いますか。また、そんな「茶」の完成形が400年も昔の日本で得られたというのも興味深い話です。

この世に「茶」が無かったとしたら、なんとも味気のない人生を過ごすことになっていたかもしれません。

94 :GBcafe ◆gbYh5vCaFE :04/02/29 18:46 ID:???
NHKアーカイブス
■婦人の時間 この人この道 鈴木大拙」
 1964年(昭和39年)5月21日放送 (12分)

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「婦人の時間」は昭和30年代に月曜から金曜にかけ、
総合テレビで午後、毎日異なるテーマでお送りして
いた番組です。毎週木曜日には、「この人この道」
というテーマで、当時、各分野で活躍中の著名人と
個性的な聞き手の組み合わせの対談形式でお送りし
ていました。
今回、お送りするのは、鈴木大拙(すずきだいせつ
1870〜1966)。宗教とは何かを語ったインタビュー
です。
鈴木大拙は、自らの禅の体験や仏教研究をもとに、
「禅」を西洋へ伝えようとした人で、禅思想史研究
で有名。 仏典の英訳やヨーロッパでの仏教の講演
などを行い、
史上初の英文による仏教研究雑誌EASTERN BUDDHIST
の創刊に尽くした方です。
この年93歳、しかし世界中を禅の講演で駆けめぐ
っていた鈴木大拙をアメリカに渡る直前にスタジオ
でインタビューした貴重な記録です。
この回の聞き手は評論家の犬養道子さん。



95 :GBcafe ◆gbYh5vCaFE :04/02/29 19:07 ID:???
鈴木大拙の方法は、合理ではなく非合理、
分別ではなく無分別、分析ではなく直感。
そしてさらに無分別による分別になる。

禅の周囲を歩いている西洋人で、どんな
形にしろ鈴木大拙につながらないものは
いない。
20世紀が真に精神的な意味で、東洋と
西洋の出会いの季節であるとすれば、彼
はその真っ只中を生ききった一人である。

物質文明で自ら溺れはじめていた西洋文
明への一喝として、ひとつの思想的事件
であった。

東洋と西洋の間に橋を渡そうとする大拙
の方法論は、両者の共通点をではなく、
相違点を強調することから始められた。

二が一になるところを見極めたいのなら、
同時に一が二になることを知らなければ
ならない。往くだけではない。この場に
再び帰ってきて「人」として生きること
求めるのである。

96 :GBcafe ◆gbYh5vCaFE :04/02/29 19:18 ID:???
合理ではなく非合理、分別ではなく無分別、
分析ではなく直感。
だが、そこにとどまるかぎりでは、ただの
消極的な考えに過ぎない。
そこで無分別による分別ということになる。

二が一になるところを見極めたいのなら、
同時に一が二になることを知らなければな
らない。往くだけではない。この場に再び
帰ってきて「人」として生きること求める
のである。無分別の分別の体得が、そこに
はある。

「これからは日本を世界の中に入れ、世界
を日本の中に入れ、それでいて日本は日本、
世界は世界」であることを望んだ大拙。
英文・日本文をあわせて100冊に及ぶ
著書をあらわし、96歳でこの世を去った。

To do good is my religion;
The world is my home.
(善を成すのがわが宗教であり、
 世界は我が家である。)
  D.T.Suzuki


97 :GBcafe ◆gbYh5vCaFE :04/02/29 19:25 ID:???
禅の思想。
腹が減ったら食事をし、喉が渇けば
水を飲む。ここに禅のすべてがある。

大切なことはただひとつ。
それをやっているのはいったい誰か?
ということだ。いまこれを読んでる
あなた、それが大切なのですよ。

そして、あらゆる場面で「わたし」
自身を問われることになるのです。


98 :GBcafe ◆gbYh5vCaFE :04/02/29 19:31 ID:???
「わたし」は「わたし」以外の何者でもないのに、
なぜ「わたしは誰か?」と問うのか?
生きることが禅だというなら、わざわざ禅寺まで
行って坐禅したりする必要がどこにあるのか?

この種の問いにがんじがらめになってはいないか?
出口を見つけたいなら、問題と共に生きればいい。
答えはおのずから明らかになるであろう。

99 :GBcafe ◆gbYh5vCaFE :04/02/29 19:34 ID:???
禅に生きるのではなく、禅によって生きる。

犬はまさに禅に生きるけれども、禅によって
生きるのではない。禅に生きると同時に、禅
によって生きるのは、人間だけである。

100 :GBcafe ◆gbYh5vCaFE :04/02/29 19:39 ID:???
禅に生きるだけでは不十分である。人間は禅よって
生きなければならない。もちろんそう生きなくても
かまわない。
禅に生きる意識を持ってみるということである。

101 :GBcafe ◆gbYh5vCaFE :04/02/29 19:53 ID:???
禅に生きる意識とは何だろう?

われわれが意識として理解するもの、ふつう意識
として理解するものは相対的なものであり、心理
的なものである。
禅に生きる意識とは本質的にこれとは異なるもの
である。人間精神の達しうる極限を示し、神の意
識にほぼ近いものである。
神がその命じたままにあらわれた光を見たとき、
彼はいった「そは善なりき」と。


102 :GBcafe ◆gbYh5vCaFE :04/02/29 20:06 ID:???
神の方から下したこの評価は、この世における
意識の最初の目覚めであり、この世の原初その
ものである。
光と闇の分離というだけでは、原初を明示する
ことにはならない。評価する心、すなわち批判的
に自己を意識する心があって、初めて世界は出
発する。


103 :GBcafe ◆gbYh5vCaFE :04/02/29 20:23 ID:???
これはまた「禁断の果実」を食うことでもある。
食うということは「善悪を知る」ということ、
光と闇の価値を知ることを意味する。

この評価「そは善なりき」のなかに、この知識
の中に、禅によって生きる秘密が存する。

104 :GBcafe ◆gbYh5vCaFE :04/02/29 20:33 ID:???
いわゆる宗教学者は宗教というものの最後は「聖」であるという。
これは分別の世界には心理、倫理の世界には善、芸術の方では美、
そして宗教の方にはもうひとつの聖の世界があるという人がいる。

ところが聖というものはない。それどころか真も善も美もない。
そういうことを言うのはまだ相対の世界に滞っているからだ。
そこを突き抜けて、滞らないところに飛び出ると、事々無碍なる
ところ、遊戯自在で、無限の創造が可能な世界にはいることが
できるのである。

105 :GBcafe ◆gbYh5vCaFE :04/02/29 20:37 ID:???
禅に辿りつく道は、いたるところに開けている。

日常生活のちょっとした礼儀作法から、茶道、
そして剣の道や芸術作品に至るものまで。

日本文化の中で、その底流に禅が流れていない
ものを見つける方が難しいくらいである。

106 :GBcafe ◆gbYh5vCaFE :04/02/29 20:45 ID:???
宇宙は周辺のない円である。

禅の茶道に通うところは、いつも物事を単純化せんと
するところに在る。その不必要なものを除き去ること
を、禅は究極実在の直感的把握によって成し遂げ、
茶は茶室内の喫茶によって典型化せられたものを生活
上のものの上に移すことによって成し遂げる。

107 :GBcafe ◆gbYh5vCaFE :04/02/29 20:51 ID:???
茶は原始的単純性の洗練美化である。
自然に親しむという理想を実現するために、茅葺きの屋根の
下に身を寄せ、わずか四畳半ではあるが、構造と調度に技巧
を凝らした小さな室に坐るのである。

108 :GBcafe ◆gbYh5vCaFE :04/02/29 20:53 ID:???
禅の狙うところも、人類が己を勿体付けるために
工夫したと思われるような、いっさいの人為的な
覆いものを剥ぎとる点にある。

109 :GBcafe ◆gbYh5vCaFE :04/02/29 20:56 ID:???
「禅とは人間の心の底にある無限の創造性に対して、
 これに順応して動作することである」(鈴木大拙)

110 :GBcafe ◆gbYh5vCaFE :04/02/29 21:02 ID:???
「ひとつ、秘する花を知ること。秘すれば花なり」(世阿弥)

111 :GBcafe ◆gbYh5vCaFE :04/02/29 21:06 ID:???
小さな宇宙空間

わずか五人ほどしか容れない茶室の小さな空間は、
座る者をそのまま無限の宇宙へといざない、
その微かで力強い息吹きに気付かせる。

茶をたてることは、東洋の気骨の優しい試みだ。

112 :GBcafe ◆gbYh5vCaFE :04/02/29 21:11 ID:???
「日本においては茶は生の術に関する宗教である」(岡倉覚三)

113 :GBcafe ◆gbYh5vCaFE :04/02/29 21:15 ID:???

 禅道 〜 茶室 〜 芸術 〜 花 〜 宗匠

 芸術を真に鑑賞することは、ただ芸術から生きた力を
 生み出す人にのみ可能である。〜利休の最期の茶の湯

114 :GBcafe ◆gbYh5vCaFE :04/02/29 21:19 ID:???
道教徒はいう、「無始」の始めにおいて
「心」と「物」が決死の闘争をした。

115 :GBcafe ◆gbYh5vCaFE :04/02/29 21:23 ID:???
ついに大日輪黄帝は闇と地の邪神祝融に
打ち勝った。
その巨人は死苦のあまり頭を天蓋に打ち
つけ、硬玉の青天を粉砕した。

116 :GBcafe ◆gbYh5vCaFE :04/02/29 21:24 ID:???
星はその場所を失い、月は夜の寂寞たる
天空を当てもなくさまようた。

117 :GBcafe ◆gbYh5vCaFE :04/02/29 21:33 ID:???
失望のあまり黄帝は、
遠く広く天の修理者を求めた。

捜し求めた甲斐はあって、東方の海から
女?(じょか)という女皇、つのを戴き
竜尾をそなえ、火の甲冑をまとって
燦然たる姿で現われた。

118 :GBcafe ◆gbYh5vCaFE :04/02/29 21:35 ID:???
その神は不思議な大釜に五色の虹を
焼き出し、シナの天を立て直した。

119 :GBcafe ◆gbYh5vCaFE :04/02/29 21:38 ID:???
しかしながら、また女?(女咼)は蒼天
にある二個の小隙(しょうげき)を埋め
ることを忘れた。

120 :GBcafe ◆gbYh5vCaFE :04/02/29 21:41 ID:???
このようにして愛の二元論が始まった。

すなわち、二個の霊は空間を流転して
とどまることを知らず、ついに合して
始めて完全な宇宙を為す。

121 :GBcafe ◆gbYh5vCaFE :04/02/29 21:42 ID:???
人はおのおの希望と平和の天空を
新たに建て直さねばならぬ。

122 :GBcafe ◆gbYh5vCaFE :04/02/29 21:45 ID:???
現代の人道の天空は、富と権力を
得んと争う莫大な努力によって、
まったく粉砕せられている。
世は利己、俗悪の闇に迷っている。

123 :GBcafe ◆gbYh5vCaFE :04/02/29 21:46 ID:???
知識は心にやましいことをして得られ、
仁は実利のために行なわれている。

124 :GBcafe ◆gbYh5vCaFE :04/02/29 21:49 ID:???
東西両洋は、立ち騒ぐ海に投げ入れた
二竜の如く、人生の宝玉を得ようとす
れどその甲斐もない。

125 :GBcafe ◆gbYh5vCaFE :04/02/29 21:51 ID:???
この大荒廃を繕うために再び女?(女咼)
を必要とする。われわれは大権化の降臨
を待つ。

126 :GBcafe ◆gbYh5vCaFE :04/02/29 21:55 ID:???


 まあ、茶でも一口すすろうではないか。

 明るい午後の日は竹林に映え、泉水は
 うれしげな音をたて、松籟はわが茶釜
 に聞こえている。

127 :GBcafe ◆gbYh5vCaFE :04/02/29 21:57 ID:???

 はかないことを夢に見て、

  美しい取りとめのないことを

  あれやこれやと考えようではないか。


  これが茶の愉しみである。


128 :GBcafe ◆gbYh5vCaFE :04/03/01 12:05 ID:???
得牛位図について。

一枚の墨絵がある。方形の和紙に大きく丸とし、
その輪の中に、首に縄をかけた牛を引く童子の
絵が描かれている。よく見ると、牛の体は童子
のそっぽを向いており、童子が牛を引くという
よりは、引かれているという感じで、こっちに
向かそうとしているような絵柄である。

129 :GBcafe ◆gbYh5vCaFE :04/03/01 12:16 ID:???
絵に銘や落款は無く、ただその隅に
「才四 得牛」とのみ書かれている。

130 :GBcafe ◆gbYh5vCaFE :04/03/01 12:23 ID:???
由緒はわからないが、坐禅と関係があるらしいことと、
四とあるからには、1,2,3,もあるに違いないと、
得牛とは、牛ヲ得ルことに違いないと思い調べてみた。

131 :GBcafe ◆gbYh5vCaFE :04/03/01 12:25 ID:???
絵柄は違うが、同じモチーフの絵が何点か見つかった。
解説のあるものがあったので、ここに引用してみる。

132 :GBcafe ◆gbYh5vCaFE :04/03/01 12:32 ID:???
「四 得牛」 → 十牛図、その四・得牛

得牛位とは眞の自己である牛をしっかり掴まえた位で、牛
の正体が明瞭になった段階である。「見牛」と云うのは牛
を見ただけであるから、これで有頂天になって油断してい
ると、牛はすぐに見えなくなってしまって、ただ牛を見た
(見性した)という記憶だけが残るという状態になってし
まう。
そこで見性したら、ますます熱心に参禅して、その世界を
更にはっきりさせていくことが肝心だということを示すも
のである。と。

さらに続く。

133 :GBcafe ◆gbYh5vCaFE :04/03/01 12:34 ID:???
ところがこの心牛は、長い間郊外の野原や山の中に埋もれていた。
というのは二元対立の現象界に埋もれて、その味が忘れられないので、
中々引っぱり出すことができなかったが、長年の修行の結果、漸く
今日その牛を掴まえることができた、というのが得牛の位である、と。

さらに続く。


134 :GBcafe ◆gbYh5vCaFE :04/03/01 12:37 ID:???
さて、その眞牛を掴まえたということはどういうことかというと、
自分の心の実体が全くカラッポであること、実体がカラッポである
から、何にでもなりうる無限の能力を備えていることが観念を通さ
ずにはっきりするということである。
般若心経でいう色即是空とは、この事実を云うのであって、思想や
観念ではないという。
ここまで来ると牛を見失うことはなくなってくる、という。

さらに続く。

135 :GBcafe ◆gbYh5vCaFE :04/03/01 12:41 ID:???
ところが長年住みなれた二元対立の世界は大変住み心地が良いので、
中味カラッポという眞牛は、何時の間にか自分を離れて環境の虜と
となってしまう。
そしてそこにうづくまって、中々そこから出ようとしない。
我々が、旧来の二元対立の世界に執われる心は、非常に頑固である
ばかりでなく、すぐにあばれ回る習性を持っている、という。

なかなか面白い、さらに続く。

136 :GBcafe ◆gbYh5vCaFE :04/03/01 12:44 ID:???
そして、自分の外に何となく客観界があるように見えて仕方が
ない本来の自分の心の実体というものがカラッポ(心空)であ
るということがわかれば、客観界もすべてカラッポ(法空)で
あることがわかる筈であるが、これが中々上手くいかない、と。

もう少し続く。

137 :GBcafe ◆gbYh5vCaFE :04/03/01 12:46 ID:???
そこで、ますます刻苦勉励して法空の世界を更に明らかにしていかねば
ならない。
人空、法空が手に入ってはじめて全宇宙一人きり(天上天下唯我独尊)
の眞の得牛の世界が明らかとなる。と締め括っている。

この後、廓庵禅師の頌を紹介している。

138 :GBcafe ◆gbYh5vCaFE :04/03/01 13:11 ID:???
廓庵禅師とは、今から800年余り昔の中国で
傑出した禅僧であったと伝えられる人物である。

後に紹介する禅の修行のプロセスを10段階に
分類して墨絵で表現された、「十牛図」という
ユニークな解説を公案したものと云われている。
「得牛位図」は、その四番目のレベルである。

禅に公案はつきものなのである。

139 :GBcafe ◆gbYh5vCaFE :04/03/01 13:14 ID:???
● 精神を竭尽(けつじん)して渠(かれ)を獲得す(廓庵禅師)

眞牛を見つけた(見牛)ので、やれ嬉しやと勇気百倍、その牛を現実
に手に入れようと精神を鼓舞して、一生懸命追いかけた甲斐があって、
ようやくその牛の鼻づらを掴まえることができた。

140 :GBcafe ◆gbYh5vCaFE :04/03/01 13:15 ID:???
● 心強く力壮んにして卒(つい)に除き難し(廓庵禅師)

ところがその心牛を掴まえてみると、この牛は二元対立の分別を
求める心が強く、盛んに自己を主張し他を認めてその世界にとら
われ、せっかく明らかにした中味カラッポの手綱が、ともすると
切れそうになってしまう。
自他対立の悪習性は長年にわたってついたもので、中々その空性
はわかっても云うことを聞かないのが現実である。
そこでますます熱心に坐禅に励まなければならない。


141 :GBcafe ◆gbYh5vCaFE :04/03/01 13:19 ID:???
● 有時は纔かに高原の上に到り (廓庵禅師)

その云うことを聞かない有様を云ってみると、ある時はほんの一寸の
間であるが、得牛の悟りの頂上に立って空の世界に滞って、衆生を
度せんとするに衆生無しと云う世界に執着し、俺程深い悟を開いた者
はおるまいと高慢となり、この状態に心を奪われて自由がきかなくな
ることである。
確かにこのような徹底した空性を体験する人は少ないし、この世界を
体験した喜びは比較を絶しているが、この世界に執着すると
独りよがりの禅病患者であり、衆生済度の役には全く立たない無用の
長物となってしまうのである。


142 :GBcafe ◆gbYh5vCaFE :04/03/01 13:23 ID:???
● 又烟雲の深き処に入って居す  (廓庵禅師)

もう一つの云うことを聞かない有様は、烟雲と称すべき二元対立の
魔境にすぐに戻ってしまって、そこから抜け出せなくなってしまう
ことである。

それも俺は人の出来ない悟を開いたという自意識が一層強くなって
いるから却って悟らない人より頑固となり、自己主張が強くなって、
手に負えない状態となってしまう。古来禅天魔と云われて警告され
ているのは、このようなケースが幾つも過去にあったからであろう。

これから抜け出す道は、悟ったらますます謙虚になって坐禅に励む
ことでしかない。

143 :GBcafe ◆gbYh5vCaFE :04/03/01 13:30 ID:???
禅寺(少林窟道場) http://www.h3.dion.ne.jp/~zazen/

以下で禅の修行のプロセス、10段階に分類した墨絵、
「十牛図」の段階を簡易に記しておく。

144 :GBcafe ◆gbYh5vCaFE :04/03/01 13:34 ID:???
十牛図、その一・尋牛(じんぎゅう)

「力尽き神(しん)つかれて、もとむるに処なし」
 一瞬の今の自己とは何か、色々思い巡らしても掴み所がなく
 妄想ばかりが激しくて精根尽きてしまった。


145 :GBcafe ◆gbYh5vCaFE :04/03/01 13:36 ID:???
十牛図、その二・見跡(けんせき)

「経によって義を解し、教えをけみして跡を知る」
 お経などの教えを見て意味だけは理解したが、これは足跡のような
 もので、「そのもの」からは程遠いようだ。


146 :GBcafe ◆gbYh5vCaFE :04/03/01 13:38 ID:???
十牛図、その三・見牛(けんぎゅう)

「森々たる頭角、画けども成り難し」
 座禅瞑想の中で又は日常生活の中でこれだと分かる所まで来たが、
 成り切って持続する所までは行かない。


147 :GBcafe ◆gbYh5vCaFE :04/03/01 13:40 ID:???
十牛図、その四・得牛(とくぎゅう) >>132-142

「純和を得んと欲せば必ず鞭撻を加えよ」
 今に成りきる自分の敵は自我や捕らわれの雑念であるから、片時も
 油断せずこれを切り捨てよ。




148 :GBcafe ◆gbYh5vCaFE :04/03/01 13:41 ID:???
十牛図、その五・牧牛(ぼくぎゅう)

「相ひきいて牧得すれば純和せり」
 一瞬の隙を与えないで雑念をコントロールすると、真実の今も自己も
 良く見えて成りきる事が出来る。

149 :GBcafe ◆gbYh5vCaFE :04/03/01 13:42 ID:???
十牛図、その六・騎牛帰家(きぎゅうきか)

「牛に騎ってイリとして家に還らんと欲す」
 今の一瞬に成り切ってこれに身を任せると、このまま本来の境地まで
 行ってしまいたいと思う。


150 :GBcafe ◆gbYh5vCaFE :04/03/01 13:44 ID:???
十牛図、その七・忘牛存人(ぼうぎゅうそんじん)

「牛もまた空じ、人もまた閑(しず)かなり」
 今している事も相手も意識せず、ただ淡々と成り切って自分自身も
 乱れていないが、自己を忘れた訳ではない。


151 :GBcafe ◆gbYh5vCaFE :04/03/01 13:45 ID:???
十牛図、その八・人牛倶忘(じんぎゅうぐぼう)

「ここに到ってよく祖宗にかなう」
 自分の中にあるのは瞬間の今のみ。それさえも意識から消えて、
 佛祖以来の高僧たちの意にかなう処まで来た。


152 :GBcafe ◆gbYh5vCaFE :04/03/01 13:46 ID:???
十牛図、その九・返本還源(へんぽんかんげん)

「本に返り源に還ってすでに功を費やす」
 これまで随分工夫を重ね骨を折ってきたが、今ようやく本来の魂の
 自己に帰り着いた。


153 :GBcafe ◆gbYh5vCaFE :04/03/01 13:47 ID:???
十牛図、その十・入てん垂手(にってんすいしゅ)

「酒し魚行、化して成仏せしむ」
 飲み屋にも入り魚屋とも交わって相手から不安も悩みも取り除き、
 安らぎと満足を与える。


154 :GBcafe ◆gbYh5vCaFE :04/03/01 14:18 ID:???
茶の話である。千利休の七則を挙げておこう。

 茶は服のように点て、 炭は湯のわくように置き、

 冬は暖に夏は涼しく、 花は野の花のように生け、

 刻限は早めに、 降らずとも雨の用意、 相客に心せよ。

155 :GBcafe ◆gbYh5vCaFE :04/03/01 14:39 ID:???
茶をこよなく愛した信長と秀吉。

この時期に茶の湯が盛んになり、多くの庵も造られた。
剃髪して茶の湯に専念した者もおり、茶会が開かれた。


156 :GBcafe ◆gbYh5vCaFE :04/03/01 14:44 ID:???
信長は茶器、茶道具、茶の美術を召し上げ、
秀吉に至っては、大坂内に黄金茶室を組み、
京都北野大茶湯を主催し、公家・武士から
庶民まで身分の差別なく八百余名を招く。

157 :GBcafe ◆gbYh5vCaFE :04/03/01 14:49 ID:???
定 御茶湯の事(高札) 京都北野大茶湯の儀

一、北野の森におひて、十月朔日より十日の間に天気次第、大茶湯
   御沙汰なさるるに付て、御名物共残らず御そろへなされ、執心の
   者に拝見させられるべきために御催し成され候事
一、茶湯執心に於いては、又、若党・町人・百姓以下によらず、一釜、
   一つるべ、一のみ物、茶こがしにても苦しからず候条、ひつさげ
   来、仕かくべき事
一、座敷の儀は申すに及ばず、から国の者までも、数奇心がけこれ在る
   者は罷り出ずべき事、付、所の儀は次第不同たるべき事
一、遠国の者まで見せられるべきため、十月朔日まで日限御延ばし
   成さるる事
一、かくの如く仰せ出され候儀は、わび者を不便に思し召されての
   儀に候条、此の度、罷り出でざる者は、向後に於いてこがしを
   もたて候事、無用との御異候、出でざる者の所へ参り候者も
   同前、ぬるものたるべき事
一、わび者においては、誰々遠国によらず、御手前にて御茶下さる
   べきの旨、仰せ出され候事  以上

158 :GBcafe ◆gbYh5vCaFE :04/03/01 14:52 ID:???
彼らが、一碗の茶の湯に求めたものは何だったのだろう。

 ・・・ ぼちぼちと茶の時間である。

159 :GBcafe ◆gbYh5vCaFE :04/03/01 14:56 ID:???

 花をのみ 待つらん人に 山里の

    雪間の草の 春を見せばや (利休)


160 :GBcafe ◆gbYh5vCaFE :04/03/01 15:07 ID:???
太閤秀吉と千利休の友誼は長いものであって、この偉大な武人が
茶の宗匠を尊重したことも非常なものであった。

161 :GBcafe ◆gbYh5vCaFE :04/03/01 15:09 ID:???
しかし、暴君の友誼はいつでも危険な光栄でもある。

162 :GBcafe ◆gbYh5vCaFE :04/03/01 15:11 ID:???
その時代は不信にみちた時代であって、場合によっては近親者
でさえ信頼しなかった。

163 :GBcafe ◆gbYh5vCaFE :04/03/01 15:14 ID:???
利休は媚びへつらうような寧人(ねいじん)ではなかった。

恐ろしい彼の後援者と議論して、しばしば意見を異にする
ことも憚らなかった。

164 :GBcafe ◆gbYh5vCaFE :04/03/01 15:18 ID:???
太閤と利休の間に、しばらく冷ややかな感情のあったのを幸いに、
利休を憎む者どもは、利休がその暴君を毒害しようとする一味の
連累であると言った。


165 :GBcafe ◆gbYh5vCaFE :04/03/01 15:22 ID:???
宗匠の点てる一碗の緑色の飲料とともに、命にかかわる毒薬が
盛られることになっているということが、ひそかに秀吉の耳に
はいった。

166 :GBcafe ◆gbYh5vCaFE :04/03/01 15:27 ID:???
秀吉においては、嫌疑があるというだけでも即時死刑にする
充分な理由であった。そして、その怒れる支配者の意に従う
よりほかに哀訴の道もなかったのである。

死刑囚にただひとつの特権が許された。
すなわち自害するという光栄である。

167 :GBcafe ◆gbYh5vCaFE :04/03/01 15:29 ID:???
利休が自己犠牲をすることに定められた日に、彼は主なる門下を
最期の茶の湯に招いた。

168 :GBcafe ◆gbYh5vCaFE :04/03/01 15:30 ID:???
客は悲しげに定刻待合に集まった。

169 :GBcafe ◆gbYh5vCaFE :04/03/01 15:36 ID:???
庭径をながむれば樹木も戦慄するように思われ、木の葉の
さらさらとそよぐ音にも、家なき亡者の私語が聞こえる。

地獄の門前に居る真面目くさった番兵のように、灰色の燈籠
が立っている。

170 :GBcafe ◆gbYh5vCaFE :04/03/01 15:39 ID:???
香が一時に茶室から浮動してくる。
それは客人にはいれと告げる招きである。

一人ずつ進み出て、おのおのその席につく。

171 :GBcafe ◆gbYh5vCaFE :04/03/01 15:44 ID:???
床の間には掛け物がかかっている。それは昔ある僧の手になった
不思議な書であって、浮世のはかなさを描いたものである。

火鉢にかかって沸いている茶釜の音には、往く夏を惜しむ悲痛な
思いを鳴いている蝉の声がする。

172 :GBcafe ◆gbYh5vCaFE :04/03/01 15:47 ID:???
やがて主人が室に入る。

おのおの順次に茶をすすめられ、順次に黙々として
これを飲み干して、最後に主人が飲む。

173 :GBcafe ◆gbYh5vCaFE :04/03/01 15:52 ID:???
定式に従って、主賓がそこでお茶器拝見を願う。利休は例の
掛け物とともにいろいろな品を客の前におく。

皆の者がその美しさを讃えて後、利休はその器をひとつずつ
一座の者へ形見として贈る。

174 :GBcafe ◆gbYh5vCaFE :04/03/01 15:56 ID:???
茶碗のみは自分でとっておく。
「不幸の人のくちびるによって不浄になった器は決して再び人間には
 使用させない」
と言って、彼はこれを投げ打って粉砕する。

175 :GBcafe ◆gbYh5vCaFE :04/03/01 15:59 ID:???
その式は終わった。客人は涙をおさえかね、最後の決別をして
室を出て行く。
彼に最も親密な者がただ一人、あとに残って最期を見届けてく
れるようにと頼まれる。

176 :GBcafe ◆gbYh5vCaFE :04/03/01 16:03 ID:???
そこで利休は茶会の服を脱いで、だいじにたたんで畳の上におく。
それでその時まで隠れていた清浄無垢な白い死に装束が現われる。

177 :GBcafe ◆gbYh5vCaFE :04/03/01 16:09 ID:???
彼は短剣の輝く刀身を恍惚とながめて、次の絶唱を詠む。


 人生七十 力囲希咄 吾が這の宝剣 祖仏共に殺す


笑みを顔に浮かべながら、利休は冥土へ行ったのであった。




178 :GBcafe ◆gbYh5vCaFE :04/03/01 16:13 ID:???
村岡博訳「茶の本」からの引用である。
The Book of Tea 岡倉覚三/岩波文庫

179 :GBcafe ◆gbYh5vCaFE :04/03/01 16:16 ID:???
利休、辞世の句については また今夜にでも。

180 :GBcafe ◆gbYh5vCaFE :04/03/01 21:24 ID:???
人生七十 力囲希咄 吾這宝剣 祖仏共殺

力囲希咄を「リキイキトツ」と読むのは、
元禄十五年出版の河東散人寮巣が藤村庸軒
の説話を筆録したという「茶話指月集」の
読み方によったものである。
意味は徳川時代から茶人の間の問題となっ
ていて、諸説紛々。
今泉雄作の説では、禅の喝のような一種の
間投詞で、「ええなんじゃいの」といった
意味であるとされる。

181 :GBcafe ◆gbYh5vCaFE :04/03/01 21:42 ID:???
京都表千家に伝えられている利休の真蹟には「人世」、
力囗(囗にヵ)となっている由である。

また、「禅林僧室伝」巻三、雲門文偃章下に
雲門偈ニ云ク、咄咄咄力囗希禅子訝ル中眉垂ルとある。
The Book of Tea 岡倉覚三の英文には、この語句の
意味を思わせるところは表われていない。


182 :GBcafe ◆gbYh5vCaFE :04/03/02 14:03 ID:???
わずか2畳の空間や自らの内面に理想や宇宙を求めるというのが
ジャパニーズ・トラディショナル・カスタム・スピリッツ。

これは資源が乏しく物を大切にせざるを得なかったことや、四季
に恵まれ自然を愛し、生活に取り入れるという環境があってこそ
のものなのかも知れない。

183 :GBcafe ◆gbYh5vCaFE :04/03/02 21:55 ID:???
>92 どうやら探していた茶葉が見つかったようです。

184 :GBcafe ◆gbYh5vCaFE :04/03/02 22:06 ID:???
茶の名前は「鉄羅漢」
福建省の武夷山の青茶で四大岩茶のひとつに数えられるそうだ。
青茶とは半発酵茶のことでウーロン茶に代表される茶種である。
高貴な香りが特徴で、茶葉によってそれぞれ違った薫りである。

185 :GBcafe ◆gbYh5vCaFE :04/03/02 22:20 ID:???
四大岩茶とは、「鉄羅漢」のほか
同じく武夷山の「大紅袍」「水金亀」「白鶏冠」
華やかで涼やかな味わいと、「岩韻と」呼ばれる
高く澄んだ甘い残香が特徴であるそうだ。

186 :GBcafe ◆gbYh5vCaFE :04/03/02 22:31 ID:???
10年ほど前に仙人のような老人から、戦前の話として
聞かせてもらったエピソードの中に出てきた茶の名だ。
武夷山のカンプラカンと聞いた。数百年の歴史ある茶の
木から取れる貴重な茶葉は薫り高く病も治すと。

「ロマネ・コンティに価する」は創作であるのだが。

187 :GBcafe ◆gbYh5vCaFE :04/03/02 22:37 ID:???
羅漢とは修行を終えた聖者のことである。茶の木の形が
そんな修行僧の如く、茶葉も長く、そして飲む茶は人の
病を能く治したことから、この名が付けられたようだ。

188 :GBcafe ◆gbYh5vCaFE :04/03/02 22:41 ID:???
近日、この茶葉が届くことになっている。

福建の茶の作法に倣って茶を点てるつもりだ。
飲んだあとでこちらにも感想を書こうと思う。

189 :GBcafe ◆gbYh5vCaFE :04/03/03 09:50 ID:???
この世の無常を問うたものは数あるが、
自らの人生でそれを確かめるしかない。


そうでしょ? 笑うことが一番いい。

190 :GBcafe:04/03/04 01:31 ID:???
そろそろ紅茶についても書きたいのだが、
「鉄羅漢」の茶葉の話に絡めて書きたい。

気長に茶葉が届くのを待つことにする。


191 :GBcafe:04/03/04 15:56 ID:???
茶葉が届いたようだ。香ばしいが優しい香りだ。
今夜にでも、茶を点てた味わいを書いてみます。

192 :名無しさん@お腹いっぱい。:04/03/04 18:05 ID:???
岩茶の場合、茶は淹れるんじゃないでしょうか?
点てるのはひき茶(抹茶、粉茶)。
語感の問題かもしれないけど。

193 :GBcafe :04/03/05 20:01 ID:???
>192
確かに。

言葉(日本語)は難しいですね。鉄羅漢レポートは
もうちょっと待ってください。書きますから。

水と沸かした湯の温度、それと器についても
書きたくなりました。

みなさんも、「美味かった茶」について、
書いてもらえれば幸甚であります。

194 :GBcafe :04/03/05 20:02 ID:???
>192
確かに。

言葉(日本語)は難しいですね。鉄羅漢レポートは
もうちょっと待ってください。書きますから。

水と沸かした湯の温度、それと器についても
書きたくなりました。

みなさんも、「美味かった茶」について、
書いてもらえれば幸甚であります。

195 :名無しさん@お腹いっぱい。:04/03/06 11:08 ID:???
なんだよ# 自作自演かよ。

196 :GBcafe :04/03/07 07:35 ID:???
>195 いかにも>192-194

「鉄羅漢」について

急須と茶海、そして湯呑みを用意する。
湯を沸騰させてしばらく待たせておく。
その間に急須と湯飲みを湯で温める。

急須に茶葉を用意し、待たせた湯を注
ぎ、1分少々待ってみる。
淹れた茶を湯呑みに注ぐ。残った茶は
茶海に移す。

茶を香りとともに味わってみる。

197 :GBcafe:04/03/07 07:49 ID:???
不思議なもので、烏龍茶といえば
サントリーの小さな缶飲料の味と
香りが基準となるのは僕だけでは
あるまい。

湘南の潮風と海の味が一緒に蘇る。
当時サーファー連中で海の飲み物
といえば、サントリーの烏龍茶で、
不思議とノドの渇きが癒えるので
みんなが買い求めた。

飲料の種類が少なかったせいもあ
るだろうが、局地的に売れた記録
はメーカー側も把握していたはず
である。1980年代の話である。

198 :GBcafe:04/03/07 07:59 ID:???
湯呑みに口を近づけるとよい香りが
広がる、清々しい独特の甘みと一緒
に言い表しようのない広がりが見え
る。味は思ったより薄い。

淹れ方にあるのだろうか。それとも
刺激に慣れきった舌が、そのように
感じさせているのか。

安らぎは環境から作ることだ。

199 :GBcafe:04/03/07 08:04 ID:???
二煎目を用意する。もう一度湯を
沸かし、急須に注ぐ。
一煎目より時間をかけて淹れる。

茶葉は十分開いている。開き過ぎ
ないように。そして茶海へ移す。

200 :GBcafe:04/03/07 08:08 ID:???
色も香りも十分であるが、本来のもの
であるのか、味が薄く感じる。
一煎目も同様。茶葉の量に工夫が要る
のかも知れない。

人に振舞えるように、少しずつ工夫を
凝らしてみようと思う。

201 :GBcafe:04/03/07 08:10 ID:???
機会があれば、一般的な茶葉のこと、
茶器、湯の温度、水の性格などにつ
いて、考察したいと考えている。

202 :名無しさん@お腹いっぱい。:04/03/07 14:47 ID:???
>196がそこだけ男らしくてワラタ

>200
がんがれ

203 :GBcafe:04/03/07 16:36 ID:???
>202 恐縮です。2chと謂えど侮れませんね。

茶葉については専門の方もおられることだろうと思い、
ここに書き記すつもりはなかったが、恥を覚悟で・・・。

204 :GBcafe:04/03/07 16:40 ID:???
日本茶における煎茶、ほうじ茶といった分類よりも、
中国茶における茶葉の「発酵」の度合いによる分類
のほうが興味深い。
ある資料に基づいて、茶葉の分類を並べるが、目的
は旨い茶を淹れるための茶器や湯の温度である。

205 :GBcafe:04/03/07 16:54 ID:???
ヨーロッパに茶が広まった源流には薬用としての
効用が求められたことを以前に書いたかもしれな
いが、紅茶のような完全発酵茶、あるいは黒茶と
いって普?茶(プアル茶、プーレイ茶)のような
後発酵茶、変わったところでは花茶といったもの
がある。

206 :GBcafe:04/03/07 16:56 ID:???
緑茶、白茶、黄茶、青茶、紅茶、黒茶の順で
紹介し、ハーブティーを含む花茶について、
つらつらと書いてみたい。

207 :GBcafe:04/03/07 17:05 ID:???
緑茶は摘み取ってすぐの茶葉を熱処理することで
茶葉に含まれる酸化酵素による発酵を抑えている。
不発酵茶である。日本でもなじみ深いが、本来は
中国でも主流の茶葉である。ビタミンCを多く含
み風邪予防やのぼせに効くとされている。

75〜85℃の湯を用い、3〜4分かけて淹れる
が善しとされている。茶器は磁器やガラス器がよ
いようだ。

208 :GBcafe:04/03/07 17:18 ID:???
白茶は茶葉に含まれる酸化酵素による発酵を
ほんの少し行なったもので、白い産毛が生え
ていることからそのように呼ばれる。

黄茶は緑茶に属する茶葉を高温多湿の状態に
して、微生物の作用で発酵させたものである
が、生産量が少なく稀少である。かつては
皇帝への献上品であったとの伝もある。

ともに緑茶同様、75〜85℃の湯を用いる
のが善しとされるが、2分ほどで淹れる。
茶器も磁器やガラス器が善いようだ。
タンニンの働きでリクラリゼーションに良い。

209 :GBcafe:04/03/07 17:34 ID:???
青茶は馴染みのない名前だが、烏龍茶、鉄観音が
含まれるといえば通りがいいだろう。酸化酵素に
よる発酵を途中で止めたもので、その度合いの種
によって、バラエティーのある色・香り・味わい
が楽しめる。
今回入手した「鉄羅漢」は岩茶の一種で、青茶に
含まれる。幅広いので一言では言い表わせないが、
爽やかで広がりのある味わいと、飲んだ後に残る
香りが楽しい。
茶葉にもよるが、利尿や便秘に良く、二日酔いや
脂っこい料理によしとされる。

茶葉にもよるが85〜95℃の湯を用い、一煎目
は1分、二煎目でも1分半程度で良いようだ。
茶器は陶器か磁器が善いということだ。

210 :GBcafe:04/03/07 17:43 ID:???
紅茶は茶葉の酸化酵素による発酵が100%なされた
ものである。ヨーロッパまでの距離が短ければ、完全
発酵の紅茶ではなく緑茶が広まったと言われている。

欧州で飲まれる紅茶に比べて、中国の紅茶はタンニン
が少ないとされている。

95〜100℃の熱い湯を用い、2分〜2分半で淹れ
る。茶器は磁器を用いるが善しといわれている。
ストレスを和らげる効用がある。

211 :GBcafe:04/03/07 17:59 ID:???
黒茶は、黄茶が弱後発酵茶なのに対し、完全後発酵
といって、緑茶に属する茶葉を高温多湿の状態にし
て、微生物の作用で100%発酵させたものである。

チャイナタウンで多くの中国人が、飲茶で飲んでい
るのがこの茶である。プアール茶、プーレイ茶など
と呼ばれる色の濃い茶である。木の様な香りがする。

中性脂肪を溶かす働きがあるとされダイエット効果
で人気がある茶である。吹き出物にもよいとされる。

95〜100℃の熱い湯を用いて、1分半〜2分で
淹れる。濃い茶が出るので、調度よい濃さで茶海に
移して飲むのがよいだろう。
茶器は陶器か磁器を用いるが善しといわれている。

212 :GBcafe:04/03/07 18:14 ID:???
花茶は、ジャスミンティーやハーブティーが
含まれる。花の香りや香草がブレンドされた
もので、これだけで1スレッド消化できそう
なぐらい幅広いものとなる。

茶本来の味というより、ブレンドした香りを
楽しむものである。
85〜95℃の湯を用い、一煎目は1分ほど、
二煎目でも1分半程度で淹れる。
茶器は磁器かガラス器が善い。

213 :GBcafe:04/03/07 18:21 ID:???
中国においても、欧州においても、日本のように
堅苦しいルールがあるわけではない。
朝のひと時に、新聞を広げながら、トーストを齧
りながら、陽気な会話を楽しみながら飲むのが茶
である。日本の茶道における茶室の中でも、胡坐
をかいて気楽に楽しんだとしても、実は誰も咎め
られないということを知るべきである。

214 :GBcafe:04/03/07 18:29 ID:???
ただ、どうせ飲むなら旨い茶を飲みたいものだ
というのが人情である。
茶の種類によって茶の湯に適した温度があると
いうことは把握しておいた方がよいだろう。

すなわち、発酵させていない緑茶や弱い発酵の
白茶・黄茶などは比較的低い温度で、青茶や紅茶、
黒茶などの発酵が進んだお茶は高い温度で淹れる
ということを知っていた方が良さそうだ。

215 :GBcafe:04/03/07 18:42 ID:???
茶器を楽しむのも茶の味わいである。ガラス、陶器、
磁器の違いを書いたが、例えば普通陶器の碗で牛乳
を飲まないと思うが、それと理由は同じことである。

素焼きの陶器には香りが移り易いという特徴がある。
青茶や黒茶には茶葉ごとに応じて専用の陶器の茶器
を使い込むことで、より良い味と香りを楽しむこと
ができる。

白茶や黄茶、紅茶は香りを吸収し難い磁器が向いて
いる。磁器やガラスの器が善いだろう。
花茶や茶葉の形や色を楽しむにはガラス器が善い。


216 :GBcafe:04/03/07 19:34 ID:???
番茶も出端という言葉がある。あまりいい例えでは
ないようだ。気に障った方が居たらごめんなさい。

茶葉が広い(長い)中国茶などは、何煎も味わって
その変化を楽しむという飲み方もある。
ポットで出される茶に、熱い湯を足してもらうのは、
決して恥ずかしい飲み方ではないし、マナーに反す
るものではない。
ただ茶葉によって抽出時間が違い、どんな銘茶でも
茶葉が開かなければ香りを楽しむことができないし、
開き過ぎてもよくない。
抽出時間も茶の楽しみのひとつである。

217 :GBcafe:04/03/08 00:42 ID:???
ある国にお住まいの方から、茶といえば
世界的に見れば紅茶のことを言うと指摘
がありました。おっしゃるとおりです。

でもそんな紅茶も大元は中国から運ばれ
たものだということをお伝えしたかった
のです。日本のお茶も元は中国。そして
日本で完成されたものなのです。

218 :GBcafe:04/03/08 00:50 ID:???
イギリスの港町で紅茶は飲まれるようになったはず
です。調べてませんが、船舶にかける海上損害保険
の発祥と同じ頃ではないでしょうか。

茶は王室で重宝され高い税金がかけられたはずです。

219 :GBcafe:04/03/10 00:25 ID:h9aswr2U
イギリス風の紅茶は、茶器についてぐらいしか
知識も習慣もないので、実際に書くことに困る。

歴史や茶葉については詳しい人もいるだろうし
専門のサイトを見てもらったほうが早そうだ。

220 :GBcafe:04/03/10 01:02 ID:???
ちょっと視点を変えて、茶と食について
書いてみようと思う。

酒(日本の醸造酒)の場合、酒に合わせて
肴を用意するという感覚があるが、ワイン
の場合は料理に合わせてワインを選ぶ、と
いう感覚があると思う。

茶の場合はどうなのだろうか。

221 :GBcafe:04/03/12 09:52 ID:???
昨日、茶に通じる方に会ってきた。
食と茶に関してネタがないからだ。

そこは迎える緑茶(あるいは珈琲)
と、食事や会談のあとのほうじ茶
を出す心配りを為されている。

ヒントが必ずあると思ったのだが、
意外にも笑って「ない」であった。

茶菓子、茶を使った食品というの
では違うので、テーマを変えて
「茶を演出する装置」について。

222 :GBcafe:04/03/12 09:54 ID:???
宗匠の仕事が深く関わってくる。

茶菓子の話も出てくるだろうが、
さしあたっては、茶道具、茶器、
そして環境について。

223 :GBcafe:04/03/15 17:49 ID:???
あぁ、このスレッドのことを忘れていました。タイトルを大上段に構え過ぎてしまった気がするよ。

224 :GBcafe:04/03/17 01:40 ID:???
片桐石州は湖沼の草木を思わせるように水盤に
水草を生けて、壁には相阿弥の描いた鴨の絵を
掛けたという。

紹巴という茶人は海辺の野花と漁家の形をした
青銅の香炉を配するに、海岸のさびしい美しさ
を歌った和歌をもってしたという。

その客人のひとりは、その全配合の中に晩秋の
微風を感じたと記している。

225 :GBcafe:04/03/17 01:49 ID:???
朝顔が珍しかった16世紀。利休は庭全体に
それを植えさせて、丹精込めて培養した。
利休の朝顔の名が太閤秀吉のお耳に達すると、
太閤はそれを見たいと仰せいだされた。

そこで利休はわが家の朝の茶の湯へお招きを
した。その日になって、太閤は庭中を歩いて
ごらんになったが、どこを見ても朝顔のあと
かたも見えなかった。

地面には平らかにして美しい小石や砂がばら
撒いてあった。その暴君はむっとした様子で
茶室に入った。

226 :GBcafe:04/03/17 01:53 ID:???
しかしそこには見事なものが待っていて、
彼の機嫌はまったくなおって来た。

床の間には、宋細工の珍しい青銅の器に、
全庭園の女王である一輪の朝顔があった。

227 :GBcafe:04/03/17 01:57 ID:???

 花をのみ 待つらん人に 山里の

    雪間の草の 春を見せばや (利休)



228 :GBcafe:04/03/17 01:59 ID:???
認めようとする心さえあれば
完全はいたるところに在る。

229 :GBcafe:04/03/21 08:08 ID:???
今日は新しい茶器とお茶の葉を買いに行こう。

230 :名無し組:04/04/01 18:09 ID:???
終了

231 :GBcafe:04/04/01 22:38 ID:???
ネタと根気が尽きてきました。

気が向いたらリーフについて
書いてみたいと思ってます。
ピコーってやつです。

232 :名無しさん@( ・∀・)つ旦~:04/04/05 23:28 ID:vXeDDQM8
227は利休の歌じゃなくて、家隆の歌を引いたんだよね。

233 :紅楼夢:04/04/07 21:17 ID:6UrbaE28
譚盾の歌劇「TEA」は茶教の話が出てきておもしろいある。

234 :GB:04/04/16 11:20 ID:???
>>232 知りませんでした。
http://www.asahi-net.or.jp/~sg2h-ymst/yamatouta/sennin/ietaka.html

>>233 ほほう、これですかな?
http://www.suntory.co.jp/suntoryhall/perform/2002/1022.html

他のすれでも巡回してみるか。

235 :名無しさん@( ・∀・)つ旦~:04/04/25 14:32 ID:???
ちゃきょー

236 :名無しさん@( ・∀・)つ旦~:04/04/29 23:53 ID:???
ネタ切れでつか?

237 :GBcafe:04/05/01 20:42 ID:???
このまま落とすのも残念なので、禅について書いていきます。
ぐるりと回ればまた茶でも飲みたくなるだろうという考えで。

238 :GBcafe:04/05/01 21:00 ID:???
禅については前にも触れたが、
茶道とのかかわりが深いことは広く知られているところである。

ここでも多少横着をして、茶の本(岡倉覚三著)からの引用を。

239 :GBcafe:04/05/01 21:14 ID:???
禅は梵語の禅那(Dhyana)からでた名であって、その意味は静慮である。
精進静慮することによって、自性了解(じしょうりょうげ)の極致に達することができると
禅は主張する。

静慮は悟道に入ることのできる六波羅密の一つであって、釈迦牟尼はその後の教えで
特にこの方法を力説し、六則をその高弟迦葉(かしょう)に伝えたと禅宗徒は確言している。

かれらの言い伝えによれば、禅の始祖迦葉はその奥義を阿難陀(あなんだ)に伝え、
阿難陀から順次に祖師相伝えて、ついに第二十八祖菩提達磨(ぼだいだるま)に至った。

240 :GBcafe:04/05/01 21:31 ID:???
菩提達磨は六世紀の前半に北シナに渡って、シナ禅宗の第一祖となった。
これらの祖師やその教理の歴史については不確実なところが多い。

禅を哲学的にみれば、昔の禅学は一方においては那伽閼剌樹那(*)の
インド否定論に似ており、また他方においては商羯羅阿闍梨(しゃんから
あじゃり)の組み立てた無明観に似たところがあるように思われる。

(*) 那伽閼剌樹那(ながあらじゅな) 釈迦没後七百年頃の南インドに
生まれる。大乗経典を研究し、その弘伝者として大乗諸宗の祖師とされる。


241 :GBcafe:04/05/01 21:43 ID:???
今日われわれが知っているとおりの禅の教理は南方禅といって、もともと
南方シナに勢力があったもので、開山シナの第六祖慧能(えのう 637-713)
が始めて説いたに違いない。

慧能の後、ほどなく馬祖大師(788没)がこれを継いで、禅を中国人の生活に
おける一活動精力に作りあげた。

馬祖の弟子百丈(ひゃくじょう 719-814)は禅宗叢林(そうりん)を開創し、
禅林清規(ぜんりんしんぎ)を制定した。

242 :GBcafe:04/05/01 21:53 ID:???
馬祖の時代以後の禅宗の問答を見ると、揚子江岸精神の影響をこうむって、
昔のインド理想主義とはきわ立って違ったシナ固有の考え方を増していることがわかる。

いかほど宗派的精神の誇りが強くて、そうではないと言ったところで、南方禅が老子や
清談家の教えに似ていることを感じないわけにはいかない。

道徳教の中にすでに精神集中の重要なことや気息を適当に調節することを述べている
― これは禅定に入るに必要欠くべからざる要件である。道徳教の良注釈の或るものは
禅学者によって書かれたものである。

243 :GBcafe:04/05/01 22:07 ID:???
禅道は道教と同じく相対を崇拝するものである。
ある禅師は禅を定義して南天に北極星を識るの術といっている。
真理は反対なものを会得することにのみよって達せられる。

さらに禅道は道教と同じく個性主義を強く唱道した。
われら自らの精神の働きに関係しないものは一切実在ではない。

六祖慧能 かつて二僧が風に翻る搭上の幡(ばん・はたのこと)を
見て対論するのを見た。
「一は曰く幡動くと。一は曰く風動くと。」
しかし、慧能は彼らに説明して言った。
「これ風の動くに非ずまた幡の動くにも非ず、ただ彼ら自らの心中
のあるものの動くなり。」 と


244 :GBcafe:04/05/01 22:13 ID:???
百丈が一人の弟子と森の中を歩いていると、一匹の兎が
彼らが近寄ったのを知って疾走して去った。
「なぜ兎はおまえから逃げ去ったのか」と百丈が尋ねると
「私を恐れてでしょう」と答えた。
祖師は言った、
「そうではない、おまえに残忍性があるからだ。」 と

245 :GBcafe:04/05/01 22:22 ID:???
この対話は道教の徒荘子の話を思い起こさせる。

ある日、荘子 友と濠梁のほとりに遊んだ。
荘子曰く 「條魚いで遊びて慫容たり。これ魚の楽しむなり。」 と。
その友 答えて曰く 「子は魚にあらず。いずくんぞ魚の楽しきを知らん。」 と。
「子は我にあらず、いずくんぞわが魚の楽しきを知らざるを知らん。」と荘子は
答えた。

246 :GBcafe:04/05/01 22:32 ID:???
禅は正統の仏道の教えとしばしば相反した、ちょうど道教が儒教と相反したように。
禅門の徒の先験的洞察に対しては言語はただ思想の妨害となるものであった。

仏典のあらん限りの力をもってしてもただ個人的思索の注釈に過ぎないのである。
禅門の徒は物事の内面的精神と直接交通しようと志し、その外面的の付属物は
ただ真理に到達する阻害と見なした。

この絶対を愛する精神こそは禅門の徒をして、古典仏教派の精巧な彩色画よりも
墨絵の略画を選ばしめるに至ったのである。

247 :GBcafe:04/05/01 23:04 ID:???
禅学徒の中には、偶像や象徴によらないで己の中に仏陀を認めようと努めた結果、
偶像破壊主義者になったものさえある。

丹霞和尚(たんかおしょう)は大寒の日に木仏を取ってこれを焚いたという話がある。
かたわらにいた人は非常に恐れて言った、
「なんとまあもったいない!」 と。
和尚は落ち着き払って答えた、
「わしは仏様を焼いて、お前さんたちがありがたがっているお舎利を取るのだ。」
「木仏の頭からお舎利が出てたまるものですか。」 とつっけんどんな受け答えに、
丹霞和尚がこたえて言った、
「もしお舎利が出ない仏様なら、何ももったいないことはないではないか。」
そう言って振り向いて、たき火にからだをあたためたという。


248 :GBcafe:04/05/01 23:29 ID:???
禅の東洋思想に対する特殊な寄与は、この現世のことをも後生のことと同じように
重く認めたことである。禅の主張によれば、事物の大相対性から見れば大と小との
区別はなく、一原子の中にも大宇宙と等しい可能性がある。

極致を求めんとする者は、おのれ自らの生活の中に霊光の反映を発見しなければ
ならぬ。禅林の組織はこういう見地から非常に意味深いものであった。

祖師を除いて禅僧はことごとく禅林の世話に関する何か特別の仕事を課せられた。
そして妙なことに新参者には比較的軽い務めを与えられたが、非常に立派な修行
を積んだ僧には比較的うるさい下賎な仕事が課せられた。

249 :GBcafe:04/05/01 23:32 ID:???
こういう勤めが禅修業の一部をなしたのであって、いかなる些細な行動も絶対完全に
行なわなければならないのであった。

こういうふうにして、庭の草をむしりながらでも、かぶらを切りながらでも、または茶を
汲みながらでも、いくつもいくつも重要な論議が次から次へと行なわれた。


250 :GBcafe:04/05/01 23:34 ID:???
茶道一切の理想は、人生の些事の中でも偉大を考えるという、この禅の考え方から
出たものである。道教は審美的理想の基礎を与え、禅はこれを実際的なものとした。

251 :GBcafe:04/05/01 23:43 ID:???
禅寺に教えを乞いに訪ねた者の話がある。

訪ねた者が禅師に、
「心を磨かせてくれ」と乞う。
禅師は 
「それならお前の心をここに出せ」と言う。
訪ねた者は答えに窮し、出せぬと答える。
師は笑いながら、
「出せぬものを磨きようがあるものか。
それなら厠を磨いた方が実利なり」 と。

今の世でも、欠かさぬ便所掃除は禅に
通じる道である。

252 :GBcafe:04/05/02 00:04 ID:???
第六祖慧能の名前も出たことだし、みがく話ついでに水上勉の引用を記しておく。

「本来無一物」は第六祖慧能の言葉である。わが国の禅祖栄西(ようさい・臨済宗)、
道元(どうげん・曹洞宗)も慧能の滴を汲んで宗旨を伝来しているのである。

慧能は今の広東省新興県、昔は新州と呼ばれた田舎に生まれている。二十何歳、
山から薪を背負って町に売りに行く途中で、金剛教を説く道者に出会い、
「そんなにありがたい経を教えるのは誰か、道場があるなら教えてほしい」というと、
その道者は、黄梅県東山の五祖弘忍道場だと教えた。

253 :GBcafe:04/05/02 00:19 ID:???
はるか北の九江から揚子江を渡って東北の山へ入ったところが黄梅県の憑茂山(ひょうもざん)
別称東山である。慧能は、てくてく歩いていく。だが着いてみると、弘忍はその男が文盲である
ことを知り、南嶺下の人間は狡猾で無学だからと入堂をこばむ。

人間に南北があるものか。誰にも仏性はあるはず、と慧能は食い下がって入門をゆるされる。
しかし、当分は五百人の学生の喰う米を搗いておれと、台所の下働きを命ぜられて、堂へは
上れない。

毎日米搗きがはじまる。臼に杵をおとすには足で踏まねばならない。小男の慧能は腰に重石を
くくりつける。腰は腫れ、足はびっこになる。それでも八ヶ月、文句も言わずに米を搗く。

254 :GBcafe:04/05/02 00:28 ID:???
五祖弘忍が病気となり、跡継ぎを決めることになった。五百人の弟子に当今の
境涯を述べた詩偈を作らせ、呈示させる。

神秀という上座がいた。学生らは神秀を推して、めいめいは作らない。
神秀は代表して詩を作って壁に掲げる。


  身は是れ菩提樹
  心は明鏡台の如し
  日日払拭に勤めて
  塵埃をして布(し)かしむる勿(なか)れ


とある。これが評判となる。

255 :GBcafe:04/05/02 00:38 ID:???
米搗きの慧能は文盲であったが、親切に説明してくれる弟子がいて、そこへ案内
される。慧能は壁書の前で合掌したものの、首をかしげる。

字の書ける人が通りかかったので、頼んで自分の考えを偈にしてもらう。


  菩提本(もと)木無し
  明鏡も亦(また)台に非ず
  本来無一物
  何(いず)れの処にか塵埃を布かん


説明はくどくなるからしないでおく。もともと人間は父母がまぐわってくれて、迸り
出た赤白の二滴の和合だ。先を追及すれば何もないのである。
身も心も本来、何もないのだからチリやホコリの溜まりようがないではないか。
仏性はいつも清浄だし、誰もがそれを持っているものだと、慧能は言っているよう
に思う。

256 :GBcafe:04/05/02 00:49 ID:???
中国禅宗史は、ここで鏡を磨く派の神秀派(北宗)と、何も磨かないで悟れる慧能派(南宗)に
分かれたと説くのであるが、むろんこれは唐代のことで、わが国の栄西や道元が招来する禅
は宋代、すでに国家鎮護の宗教となっていたものである。

ほとんど南宋禅となってからのことで、六祖慧能の頓悟の流れも日本人の心に沁みて、敦煌
から発見された六祖壇経(六祖伝)は諸山の老師がわれもわれもと提唱し、今日も一般人に
人気のある禅籍になっている。

257 :GBcafe:04/05/02 01:06 ID:???
>>252-256 は水上勉の「一日暮し」(角川書店)からの引用である。

其の日暮らしという意味でなく、15年前に心筋梗塞で自らの心臓の
3分の2を壊死させた著者が、正受老人(道鏡慧端)という禅師の文
章に出会い、ちょっとした工夫をしながら生きている様子が書かれた
ものである。個性の強い禅僧の系譜と、老いながらもその地を訪ね
歩く紀行文でもある。

258 :GBcafe:04/05/03 10:33 ID:???


 まあ、茶でも飲め。




259 :名無しさん@( ・∀・)つ旦~:04/05/04 02:02 ID:???
まだやってるのか。

260 :GBcafe:04/05/09 00:34 ID:???
>>92
先日、年長の知人Sさんが大阪の北新地を驕ってくれた。
NHKのOBで嫌味のない博学この上ない身近な人物だ。
酒の席でつい田原薫老人のことと茶の話を漏らすと、
辻原登のジャスミンという小説の中に全く似た話がある
から読んでみろと言われる。

まだ読んでいないが、同作家の遊動亭円木という小説の
登場人物が語る中国茶の話の一節からでも・・・。


261 :GBcafe:04/05/09 00:39 ID:???
福建省の山の中へ迷い込んだという。目的はあった。
香港の茶館で飲んだ烏龍茶がとても美味く、聞けば
岩茶だという。
福建省武夷山中の岩肌に自生する茶の古木からとれ
る烏龍茶である。

262 :GBcafe:04/05/09 00:45 ID:???
それを聞いて、矢も楯もたまらず。「茶経」を著した
陸羽は、茶は野生の茶を上とする、といっている。
岩茶は自生で一年にとれる量はわずかである。
その中でも、名品中の名品の名は大紅枹であると。

263 :GBcafe:04/05/09 00:48 ID:???
×大紅枹 → ○大紅袍(だいこうほう)
衣辺に包の字である。

264 :GBcafe:04/05/09 00:56 ID:???
これは400年前に発見された古木群からとれる茶で、
宋学の朱子は、54歳で退官し、武夷山中に隠棲して、
岩峰の下に「武夷精舎」という学校をつくったのも
そこに岩茶があったからだと言われているという。

大紅袍は年にわずか750グラムしか取れないという。
彼女は福州から鉄道、車と乗り継いで、あとは徒歩で
武夷山中に分け入り、3日目にとうとう大紅袍の茶樹
群にたどり着いたという。

265 :GBcafe:04/05/09 01:01 ID:???
巨大な岩の絶壁に、ぼさぼさの葉をつけた貧相な潅木の
かたまり。これが香港、台北、東京、そして神戸の茶人
垂涎の大紅袍だという。

岩のすぐ下には小屋があって、李俊という仙人のような
老人が管理人をしているというのだ。

266 :GBcafe:04/05/09 01:05 ID:???
老李(ラオリィ)の身の上が、岩茶の輪郭を浮き上がらせる。

あとは自分で読んでいただきたく。
「遊動亭円木」辻原登著・文春文庫・562円+税
ジャスミンは分厚いので、図書館で借りて読もうかと。

267 :GBcafe:04/05/14 14:01 ID:???
父を否定する者

取り立てて根拠のある話ではないのだが、自分の親を否定する者で
この世で成功した例が、取り分けビジネス界に存在しないような気がする。

このようなことを書くのも、宇宙や神(仏)について考察するにあたり、
関連スレを巡回しながら、多分ネタではあるのだろうが無神論者の
「神の存在を証明し」ろ(←これがまた不可能なんです、この逆もね)の
煽りに、種々の意見ともファンタジーとも思える書き込みを見て思った。
否定するとかいうことよりも、折り合いが悪いというのが問題だな。
早速、我が振り直せの精神です。

268 :フルチン:04/05/15 12:44 ID:???
田原老人はお元気か?

福建の武夷山、韓府羅漢の岩茶の入手について
詳しい経緯を知りたい。ボクも飲んでみたいんだ。

269 :GBcafe:04/05/16 21:17 ID:???
気持ちに余裕がないと茶については語れないようだ。

270 :GBcafe:04/05/16 21:21 ID:???
>>268 フルチン
老人は亡くなった。あの住宅も無くなった。
メールくれたら茶のこと教えてあげますよ。



271 :名無しさん@( ・∀・)つ旦~:04/05/20 22:12 ID:???
ウーロンチャイって飲んだことあるかい?
烏龍茶の茶葉を煮出してミルクを入れる。
ミルクティを考え出すようなヤツラが
考えそうな飲み物だ。

272 :名無しさん@( ・∀・)つ旦~:04/05/26 08:42 ID:???
ウーロンチャイ飲みました。
ほんとチャイですね。
温かいのが美味しい。

273 :名無しさん@( ・∀・)つ旦~:04/05/26 20:43 ID:???
サンマルクか。
で、茶によって精神は養われたのか?

274 :名無しさん@( ・∀・)つ旦~:04/05/27 17:52 ID:???
茶が精神を養ってくれるんじゃなくて、
茶を通じて、人間が精神を養うってことだろ?

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